雅子さま

雅子さまがプライベートで訪れた土湯温泉

天皇陛下と皇后雅子さまがご成婚されてから26年が経つ。皇太子妃として日本国内に留まらず世界中を飛び回り、その土地や国ならではの文化に触れ多くのことを学ばれた雅子さま。

そんな雅子さまが陛下と成婚して4年目にプライベートで訪れた場所がある。福島県福島市土湯温泉町上ノ町にある土湯温泉だ。




 

土湯温泉 土湯別邸 里の湯

土湯温泉は福島・吾妻連峰にある。

土湯の名前の由来

その昔、大穴貴命(おおあなむちのみこと)が荒川のほとりを鉾で突くとそこからこんこんと湯が湧いたことから「突き湯」と言う名がつけられた伝説があります。
また、用明2年、病に倒れた聖徳太子の父、用明天皇の回復祈願と仏教布教のため東国に遣わされた秦河勝(はたのかわかつ)が半身不随の病におかされ、良医良薬の効なく臥していたところ、ある夜、聖徳太子が夢枕に現れ「岩代国の突き湯に霊湯あり。そこで湯治せよ。」と説いたことから「突き湯」の名が広まり、やがて「土湯」と呼ばれるようになったという伝説もあります。
聖徳太子が奉られている聖徳太子堂が土湯の名所として残っています。

引用:土湯温泉公式

 

 

 

 

 

 

土湯温泉キャラクターのきぼっこちゃん。

 

当時の皇太子さまと雅子は2泊3日のプライベートな滞在に付かぬ間の休息を取られたと言う。宿泊した3日とも天候に恵まれ、お2人は近隣の仁田沼への散策を楽しまれ、群生する可憐な水芭蕉をご覧になられたそう。

 

 

夕食には四季折々の食材をふんだんに使った約10品の会席料理が提供される。7、8月には清らかな渓流で獲れる岩魚も味わうことができる。また県産A5ランクの厳選した黒毛和牛を贅沢にも溶岩プレートで焼いたステーキをメインにしたコースも用意されている。

 




 

被災地の16年前の情景を詠み、被災者の心に寄り添う

そんな福島を東日本大震災が襲った。両陛下が訪れてから15年後のことだった。

東日本大震災の翌年に行われた歌会始のお題は“岸”。この時、雅子さまは、16年前に目にされた仁田沼の水芭蕉が咲き誇る情景を詠まれたんです。

 

被災地の旅館支配人は、この雅子さまの被災地を思いやる行動に心が温かくなったと言う。16年前の福島の情景をこんなにも鮮やかにかつ鮮明に覚えていて下さったことが何よりも嬉しかったのだ。福島は立ち直れる、例え何十年かかろうとも、以前の福島の輝きを取り戻せるとその時強く感じたそう。

 




 

ネットの反応

 

「雅子様から真心いただいた」とありますが、美しい景色だけではなく福島県民の方達の優しさがあったから雅子様も16年も前の思い出を昨日の事のように詠まれたのだと思います。お辛い事も多かった雅子様の癒やしになったのではないでしょうか。

 

良かった。
やっと雅子様の本当の姿を報道されるようになりましたね。

朝から心和む記事でした。

読みながら、雅子様の笑顔が思い浮かびました。

 

被災地であるわが県にお出でになったとき、お年寄りの手を取りながら
涙を浮かべられたお姿に感動しました。
とても人間味あふれ、真心を感じるお姿でした。
このお宿の方の気持ちがよくわかります。

 

このような雅子皇后の心遣いが報道されて、とても心が温まりました。

震災の翌年の歌会始のあとに、この報道はされていないのでしょうね。

皇太子妃殿下だったときに被災地訪問に11回行かれていますが、ほとんど報道されていませんものね。どなたかが目立たないといけないからね

 

優しい心根の雅子皇后陛下。令和の御代になり喜ばしさが拡がっていますね。嬉しい限りです。どうかこのまま温かな皇后として国民の期待と共に敬愛を永く受けて戴きたい想いです。
日本史上の哀しい情況にあった会津藩福島県を昭和天皇が慮ってくださったそうですね。震災に遭ってしまった福島県の皆さん、負けずにいてくれて有難うございます。

 

本当に心根がお優しい皇后陛下で嬉しくてなりません。
時折報道等から漏れ伝わる心優しい皇后陛下のお振る舞いから皇后陛下、敬宮愛子内親王殿下のお誕生日のビデオの品格は保ちつつ軽やかなお召し物等から、もしや「被災地で苦難を忘れていません」と言うメッセージを込められているのかな?と畏れ多い事ですが勝手に想像しておりました。
皇后陛下こそ慈愛の心をお持ちの方と言っても良い時が来たのですね。

※この記事は他ニュースサイト、個人ブログ、ガールズちゃんねる等からの引用抜粋です。

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