美智子さま

美智子さま「ねんねこねんねこねんねこよ」オリジナル子守唄で母性炸裂

21797. 匿名 2020/01/07(火) 17:34:50  [通報]

>>21795
【参内】
「浩宮さまのお誕生日には、招かれて東宮御所を訪問し、幼いころは冨美さんは鉄腕アトムの人形などをプレゼントして、皇太子を大喜びさせた。」「天皇家のお茶の間」河原敏明著イースト・プレス 刊1993年2月20日 第1刷発刊152p.

▶【準皇族?】
1968(昭和43)年2月1日美智子と冨美「桑島すみれハープコンサート」 (結婚後9年)

「ときどき東宮のご招待で音楽会に行かれましたが、妃殿下のそばに座ることは絶対にありませんでした。たいてい、ずっとうしろのほうにそっと座ってました。写真を撮られるのをご遠慮してましたね。だから、ご成婚後はお母様と妃殿下が並んで撮った写真は、あまりないと思います」(澤田氏)「母・富美子さんと密会のとき」

ときどき東宮の招待で音楽会に行って、写真に写らないように後ろに座ってたからわからなかっただけ!

【お見舞い】
▶1970年(昭和45年)3月正田英三郎入院(長期療養)マレーシア、シンガポール訪問から2月28日帰国直後にお見舞い(ヤングレディ1970年3月16日号)表紙目次

▶【軽井沢】
1972年8月軽井沢駅手を繋いで歩く美智子と紀宮

滞在期間が長いのでサーヤ(1969年〈昭和44年〉4月18日誕生)は軽井沢の保育園に通わされた。
「今月末で閉園する北佐久郡軽井沢町長倉大日向の聖ヨゼフ保育園で18日、最後の卒園式があった。・・・計938人が巣立った保育園・・・同園には紀宮さま(黒田清子さん)も通われたことがある。松本文恵園長(70)はあいさつで、皇后美智子さまからねぎらいの電話があったと紹介。」2011年3月19日 信濃毎日新聞
▶【準皇族?】サーヤの(柿の木坂?)幼稚園の授業参観に出席する美智子と富美

▶【軽井沢】
1973年8月24日テニス見物中母の膝にもたれて苦しそうな体勢で眠る紀宮。狆

1973年8月 軽井沢テニス場クラブハウス、娘夫妻と同席し、孫のプレーと審判を観戦する英三郎・冨美夫妻

【参内】「正田氏側も、浩宮様の誕生日などで、東宮に招かれることが、ままあるようだ。」学習院高等科で2・3年と浩宮の主管(クラス担任)だった小坂部元秀「浩宮の感情教育」
▶【参内】「学習院の先生たちを東宮御所に招待する時にもこの夫婦が来ていて「孫がお世話になりまして」と頭を下げるところから始まる。」「浩宮の感情教育」

▶【準皇族?】
1973年(昭和48年)11月14日母と一緒に東京・自由学園を視察、白帽子と大きな白襟

【正田夫妻の墓所】(英三郎氏と富美子さんの墓が、正田本家の多磨霊園ではなく鎌倉霊園にある理由)
「ここに墓を建てることは、正田夫妻が生前に相談して決めました。鎌倉を選んだのは、美智子さまが葉山御用邸のお帰りに寄れるようにと考えたからでしょう」「母・富美子さんと密会のとき」

 

※この記事は他ニュースサイト、個人ブログ、ガールズちゃんねる等からの引用抜粋です。

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