雅子さま

雅子さま、「二重の重圧」に長い続けた日々 国民の象徴としての在り方とは

幼い頃の記憶にある当たり前の風景

天皇や皇后と言えども、それぞれが1人の人間である。当たり前であるが私たちと同じように喜び、怒り、哀しむ。しかし天皇と皇后という立場であるがゆえに、その感情を前面に押し出すことは決して許されない。自らが厳しく自制され、日々を暮らされているのだ。

私たち一般の国民のその殆どは、自由を誰にも止められることもなく自ら欲すれば簡単に手に入れられる。そんな世界とは、およそかけ離れた世界で生きているのが天皇と皇后なのである。人間は幼い頃の経験が、その人の人生において大きな影響を与える。天皇家に生れた天皇にとっては、今の環境こそが当たり前の世界であり、もっともリラックス出来る世界でもある。

しかし民間から嫁いだ雅子さまは違う。大多数の国民が経験する当たり前の自由を知っている。雅子さまは、4歳半歳まではロシアで、7歳半までは自由の国・アメリカのニューヨークでずっと暮らされてきたのだ。雅子さまにとっての当たり前の風景の原点はそこにある。

 




一人の人間としての天皇と皇后

民間から嫁いだのは雅子さまが初めてではない。ご存知のように今の上皇后・美智子さまが初めてである。

おそらく民間出身であるがゆえの皇室内での逆風は、初めての出来事であったがゆえにそれは相当厳しかっただろう。ゆえに今回の結婚を後押ししたのは、その布石があってこその雅子さまの皇室入りだったとも言える。

同じ立場であるがゆえに、美智子さまは雅子さまの悩みを十二分に理解し、いろいろな言葉をかけ雅子さまにかけ、勇気づけていらっしゃった。今回これらの、心が温かくなるほどの河崎文雄さんの数々の皇室写真は、一人の人間としての皇室のあるがままの姿を捉えた写真である。そこには何ら私たちと変わらない笑顔があり、いろいろな重圧をはねのけて、人間らしく生きる真の皇室の姿があった。

 




長い歴史を持つ天皇制の持つ意味

日本国憲法第1条には、天皇は日本国民の象徴と記載されている。国の根幹を決める最も基本的な法律の一番最初に記載されているのが、天皇なのである。この重圧がどれほどのものか。私たちがその地位になくとも、想像を絶するほどのものであることは容易に想像がつく。

軽々しく喜怒哀楽を簡単に表に出せないことは当然である。最近では天皇そのものの存在に疑問を持つ人も多くなってきている、天皇制は、神武天皇を天皇の歴史の始点とするなら2700年以上続いた伝統なのである。この歴史の長さをあなたは想像できるだろうか?。

日本の皇室が世界から尊敬の眼差しで見られるのは、この世界に類をみないほどの脈々と流れた長い歴史があるからである。この歴史を私たちは容易に消してはならない、絶対に守らなくてはいけないのだ。それが今の時代を生きる私たちの義務でもある。

 




気の遠くなるような長い歴史と日本国民の象徴であるという二重の重圧。この重圧に耐えて今の天皇皇后陛下は生きている。その重圧をひとりひとりの国民が十分に理解し、支えてあげることこそが私たちに唯一できることなのである。

天皇や皇后が常に国民に寄り添い続けるように、私たちも天皇に寄り添っていこうではないか。人を助け慈しむのが日本人の持つ世界から尊敬される素質だ。だからこそそれは天皇皇后両陛下にもそうでなくてはいけない。地位のある人にも、地位の無い人にも。

この精神は、今後人類が続く限り、持ち続けなくてはならない心なのだ。この心を世界に広めていく。それもまた現代日本人が持つ役目でもある。

 

 

※この記事は他ニュースサイト、個人ブログ、ガールズちゃんねる等からの引用抜粋です。